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杵築簡易裁判所 昭和33年(ろ)30号 判決 1961年1月31日

被告人 堀田今朝太郎

明二九・二・一一生 神職

主文

被告人は無罪

理由

一、本件公訴事実

本件公訴事実は次のとおりである。

被告人は昭和二十四年四月より昭和三十二年十二月二十日迄大分県速見郡日出町大字藤原字覚雲寺所在の横津神社宮司であつたが、同社禰宜藤井正輝が被告人に神社公金詐取等の不正がある旨総代会に訴え、爾来紛争反目しおりたる処、同人が同年十一月十一日附を以て「本職を免ずる」旨神社本庁より発令されるや、これを同社崇敬者総代、世話人崇敬者等に報告することに藉口し、それ等宛に横津神社宮司堀田今朝太郎名義の同月十八日附の印刷文書二百枚を作成するに当り、これに右藤井に関し、

(イ)  「右のとおり免職処分に附せられ、神職をとりあげられ…………神職会員でもないのであります」

(ロ)  「藤井禰宜のことについて…………一、二を述べます。昭和二十四年に私に神職志望で他に考えはない。信心参りであるから是非頼むとのことで『山村宮司にも頼んだが体よく断わらる』其の乞を入れて…………禰宜に取立ててやつたのです」

(ハ)  「前年来禰宜として本分にもとるので総代会の議決を経て罷免申請を致しました処、二、三総代の懇請があり謝罪状を入れさせるからとのことで総代の面目を立てゆるしてやつたのです」

(ニ)  「神職にしてくれた恩を忘れて所謂飼犬が飼主の足をかむ様なことは天人共にゆるされないものと信じます」

等の同人を誹謗侮辱する文詞を以てする事項を記載して、これを同月二十四日頃より同月二十八日迄の間大分県速見郡日出町、杵築市内等において森永源一外数十人に頒布し以て公然事実を摘示して藤井正輝の名誉を毀損したものである。

二、本件印刷文書の内容とその印刷文書配布の事実

よつて先づ印刷文書の内容とその印刷配布の事実を証拠に基き検討する。

(一)  昭和三十二年十一月十八日附横津神社宮司堀田今朝太郎名義の本件印刷文書(押検第一号)を見ると冒頭に、

敬愛致します総代並崇敬者皆様と記載され次行に皆様を総代に委嘱し又崇敬者と仰ぎます所以のものは皆様の人格と敬神思想とを深く信じて御就任をしていただき又は重な崇敬者と敬仰する次第で各位の御協力を期待し又今迄は荒き波風もたたず、ひたすらに御神徳の発揚に全身全霊をささげて参りました旨の前文に始り中九行を置いて此処に上局も調査観破されて正道以外に打つ手がなくなつて八月二十七日付藤井正輝禰宜罷免の申請が十一月十一日附で

横津神社・石鎚神社 禰宜 藤井正輝

右本職を免ずる。

昭和三十二年十一月十一日 神社 本庁

「右のとおり免職処分に附せられ神職をとりあげられ両神社とも何等の関係もなく神職会員でもないのであります」私は「藤井正輝禰宜の事について申述べる事は山ほどありますが一、二を述べます。昭和二十四年に私に神職志望で他に考えはない信心参りであるから是非頼むとの事で『山村宮司にも頼んだが体よく断わらる』其乞いを入れて昭和二十四年十一月二十三日横津神社禰宜に取立ててやつたのです」昭和二十九年一月には「前年来禰宜としての本分にもとるので総代会の議決を経て罷免申請を致しました処、二、三総代の懇請があり謝罪状を入れさせるからとの事で総代の面目をたててゆるしたのであります」とあり中十四行を置いて次に、

人倫道徳には範を示し誠の道を奉じて神に仕える身が而かも「神職にしてくれた恩を忘れて所謂飼犬が飼主の足をかむ様な事は天人共にゆるされないものと信じます」おこがましくありますが昭和十七年以来の出来事の大略を述べさして戴きますとあつて十項目の出来事を列記し、

右は第一報ですが第二報は時機を得て報告致します。

昭和三十二年十一月十八日横津神社宮司堀田今朝太郎

横津神社崇敬者総代御世話人崇敬者皆様(御回覧下さい)との内容が記載され右起訴事実と同様であることが確認される。

(二)  しこうして他方印刷業大坪春見作成の上申書及び被告人の当公廷における供述とを綜合すれば前記認定の内容の印刷文書は合計二百枚であつたことが明らかである。尚証人森永源一、同田辺要助、同宇都宮貞雄、同宇都宮一夫、同岡部勝馬、同井上留吉、同井上繁雄、同三浦誠の各証言によれば各被告人より一通宛若しくは数通該文書の頒布を受け証人宇都宮一夫は大分県速見郡旧日出町十二区一班長として被告人の依頼により班内五、六軒の家に対し該文書を回覧し、又証人井上留吉も旧日出町十二区三班内十八軒に対し被告人の依頼により該文書を回覧したことが明瞭である。

よつて公然右の事実を摘示した印刷文書を頒布して藤井正輝の名誉を毀損した犯罪事実の証明は十分である。

三、真実の証明について

(一)  刑法第二百三十条の二第一項に該当の有無と、証明すべき事実の範囲

同条第一項は公然事実を摘示し人の名誉を毀損する行為であつても「その行為公共の利害に関する事実に係り其の目的専ら公益を図るに出でたるものと認められるときは事実の真否を判断し真実なることの証明ありたるときはこれを罰せず」と規定している。

よつて先ず本件の行為が公共の利害に関する事実であるか否か又その目的専ら公益を図るに出でたるものであるかにつき按ずるにその当時被告人が宮司を勤めていた横津神社は大分県速見郡日出町藤原字横津三〇四九番地にあつて旧郷社でありその氏子及び崇敬者は証人藤井正輝の証言及び被告人の当公廷における供述並に押収に係る昭和三十二年九月五日付大分新聞(押被第一号)によるも旧大神村(大字真那井を除く)旧豊岡町の二分の一、旧川崎村、旧藤原村、旧日出町の旧五ヵ町村の広範囲に亘りその氏子及び崇敬者は二千四、五百戸の多数に達しその篤志家のお初穂(稲、麦の収穫の折の寄附)によつて神社を維持経営する実状にあり、その宮司である被告人に詐欺等十項目の事実があると昭和三十二年九月五日付大分新聞紙(押被第一号)三面に三段抜きの標題で「神僕として許せぬ日出宮司の不正を訴う」と題し記事が掲載された為、右篤志家のお初穂に悪影響を及ぼし寄附が激減し、ひいては同神社の運営にも困窮するに至らんことを憂慮しその防遏手段として為された本件文書の頒布がたまたま藤井正輝の名誉を毀損するに至つたものと認定するを尤も妥当とする。よつて横津神社の氏子及び崇敬者地域即ち旧五ヵ町村現在の大分県速見郡日出町全域に亘る所謂この地方における公共の利害に関する事実に係るものであると認める。

従つて被告人は本件の被害者藤井正輝とは横津神社における宮司と禰宜との同職の関係にあつて前記新聞記事の掲載により互に反目していた事情よりして右はいささか私憤に出でたるうらみあるも前記のとおり主たる目的は横津神社の維持経営に困窮せんことを憂えての結果その応急手段として為されたことが認められるので、その目的専ら公益を図るに出でたるものと認定するを相当とする。

しこうして真実の証明があつたかどうかを判断するについては摘示された事実の中でどの部分が重要な事実であり、どの部分が然らざるものであるかを、その文字の枝葉末節にとらわれることなく、慎重に取捨選択し重要と認められる事実の真実であることが証明され得たときはたとえこれに付随する一部の事実の証明が得られなくとも、なお全体として右摘示事実の証明が為されたものと解するのが最も妥当であるといわなければならない。

(二)  証拠によつて認められる事実

そこで次に本件において真実の証明の対象とされる右起訴各事実の真否について考究する。

先ず公訴事実の(イ)点について

当公廷における証人立川文人、同藤井正輝(前後二回)、同河野寿利、同迫村小一郎の各証言、押収に係る大分県神社庁役職員進退に関する規定抜粋(押被第二号)及び横津神社並びに石鎚神社禰宜解職通知の件と題する大分県神社庁速見支部長より横津神社宮司宛の書面(押被第三号)とを綜合するに藤井正輝は大分県神社庁役職員進退に関する規定第二十二条第五号職員として適当でないことが判明したときの適用を受け昭和三十二年十一月十一日付横津神社及び石鎚神社の禰宜を免職処分に附せられたることが明らかである。よつて神職たる身分を失い且つ同時に神職会員たるの資格をも喪失したものと認められる。

次に(ロ)点について

当公廷における証人立川文人、同藤井正輝(前後二回)同山村倉太、同光永津太衛、同阿部政雄の各証言並びに被告人の供述と押収に係る堀田宮司より神社本庁宛の藤井禰宜推薦書(押被第十号)とによれば藤井正輝は昭和二十三、四年頃旧知の間柄であつた被告人に対し自分も朝鮮にいた頃神職の講習を受けている旨告げたので被告人が横津神社に奉仕する様に誘い藤井もその気になり同神社の雇として昭和二十四年四月から奉仕し次いで禰宜に進み昭和三十二年十一月十一日免職となる迄勤続した事実が認められる。神社職員の推薦者は宮司であつて勿論総代会の同意を要するも、それは給与の関係によるものであり横津神社の宮司たりし被告人が藤井正輝を同神社の禰宜に総代会の同意を得て推薦した結果同人が禰宜として採用されたことが認められる以上被告人より禰宜に取立ててやつたといわれてもやむをえない事情にあること並びに藤井自身は日出町所在若宮八幡神社宮司山村倉太に対し禰宜として採用方を懇請した事実はないが山村宮司に対し氏名不詳者(誰であつたかは記憶せずと証言)より藤井正輝を若宮八幡神社で使つて呉れと依頼した事実があり同宮司がこれを断わつたことも又明らかである。

ついで(ハ)点について

当法廷における証人光永津太衛、同阿部政雄、同佐藤直、同藤井正輝(前後二回)の各証言及び被告人の供述、並びに押収に係る昭和二十九年一月二十六日付堀田宮司より神社本庁宛の禰宜罷免具申書及びその事由書(押被第三十一号)被告人藤井正輝に対する名誉毀損被告事件第一回公判調書(押被第三十七号)と藤井正輝より被告人宛の謝罪状(押被第十三号)とを綜合するに、その当時藤井禰宜の言動が不穏当であつて反省の色なきことを事由として宮司たりし被告人が責任役員光永津太衛、同阿部政雄の同意を得て神社本庁に対し禰宜藤井正輝の罷免方を昭和二十九年一月二十六日附を以て具申書を提出した後で二、三総代の懇請があり藤井禰宜より宮司たりし被告人に対し謝罪状を差入れ、ことなきを得た事実が明瞭である。

つゞいて(ニ)点について

神職にしてくれた恩を忘れて所謂飼犬が飼主の足をかむ様なことは天人共にゆるされないものと信ずる旨の文詞は所謂侮辱的言辞であつて真実証明の対象とはならないものである。よつて検討するに我が民族は古来父母に孝にして、恩義に報ゆること厚きを美徳として賞讃し、これに反する者を忘恩の徒としてさげづむ気風あり、敗戦による民主主義思想の導入によつて右の如き国民感情は稍うすれたりといえ今尚現存するところである。その思想の是非の論はこれをおくとして被告人が採用方を神社本庁に具申して禰宜と為つた藤井と横津神社の宮司と禰宜でありながら感情のつまづきより互に相反目(被告人にも相当反省すべき点は存するが)するに至り遂に押え難き不満の情を右の如き古語を以て表現したものであるが右は格別処罰の対象となるような違法性はないものと認定する。

四、判断

以上の諸点を綜合するに真実の証明を要する部分即ち公訴事実の(イ)(ロ)(ハ)の各事実については右判示のとおり真実の証明が充分為されたものと認定する。尚(ニ)の悔辱の点については処罰に値する様な違法性がないものと認めた。

そこで本件は罪とならないから刑事訴訟法第三百三十六条前段に則り無罪の言渡しをする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 中島巖)

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